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東京地方裁判所 平成6年(ワ)12067号 判決 1998年3月30日

原告

クロード・ドゥレ

右訴訟代理人弁護士

角田昌彦

角田雅彦

被告

古内亀治郎商店株式会社

右代表者代表取締役

古内亀治郎

被告

東アジア貿易振興株式会社

(旧商号株式会社古内亀治郎商店)

右代表者代表取締役

石井洋

被告

古内亀治郎

右三名訴訟代理人弁護士

麦田浩一郎

右訴訟復代理人弁護士

西塔真達

主文

一  被告古内亀次郎商店及び被告東アジア貿易振興株式会社は、連帯して、原告に対し、金一億八一五〇万円及びこれに対する一九九四年七月三〇日から同年一二月三一日まで年六パーセント、一九九五年一月一日から同年一二月三一日まで年5.82パーセント、一九九六年一月一日から同年一二月三一日まで年六パーセント、一九九七年一月一日から同年一二月三一日まで年3.87パーセント、一九九八年一月一日から同年三月一六日まで年3.36パーセントの各割合による金員を支払え。

二  原告の被告古内亀治郎に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告古内亀次郎商店及び被告東アジア貿易振興株式会社との間では同被告らの、原告と被告古内亀次郎との間では原告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  主位的請求

被告らは、原告に対し、連帯して、金一億八一五〇万円及びこれに対する、訴状送達後である一九九四年七月三〇日から同年一二月三一日まで年六パーセント、一九九五年一月一日から同年一二月三一日まで年5.82パーセント、一九九六年一月一日から同年一二月三一日まで年六パーセント、一九九七年一月一日から同年一二月三一日まで年3.87パーセント、一九九八年一月一日から同年三月一六日(本件口頭弁論終結時)まで年3.36パーセントの各割合による金員を支払え。

二  予備的請求

1  原告と被告古内亀治郎商店株式会社(以下、被告古内商店という)との関係において、同被告が一九九四年九月、被告東アジア貿易振興株式会社(以下、被告東アジアという)との間で締結した営業権の譲渡契約はこれを取り消す。

2  被告古内商店は、被告東アジアに対し、右営業譲渡にかかる営業権等を引き渡せ。

第二  事案の概要

本件は、原告が、主位的に被告東アジア及び被告古内商店に対し後記の本件売買契約の保証金支払約束に基づき、被告古内亀次郎(以下、被告古内という)に対し連帯保証契約に基づき、各自、四五億六二二五万円の内金一億八一五〇万円及びこれに対する請求記載のフランス法所定の法定利率(利率は各年度ごとに政令により決定)の割合による遅延損害金の支払を求め、予備的に被告古内商店に対し詐害行為取消権に基づき、同被告が被告東アジアから譲り受けた営業権等の譲渡契約を取り消し、その引渡を求めている事案である。

一  争いのない事実等

1  原告は、一九六三年以降、シドテルの名称でホテルチェーンを創立し、一九九〇年当時、同社の九〇パーセント相当の株式を保有し、これを売却すべく買主を探していた者である(甲第一九号証の一、二、原告の供述)。

2  被告東アジアは株式会社古内亀治郎商店を、被告古内商店はビッグバン・インターナショナル株式会社を各商号変更したものであり、いずれも不動産の売買・賃貸・管理等(前者はホテル・旅館・飲食店の経営並びに管理を含む)、衣料品・貴金属・アクセサリー・医療器具、理美容器具・日用品雑貨・家庭用品・事務用品の卸売り販売を目的とする会社である。

3  被告古内は、従前、両社の代表取締役であったが、前者については一九九四年九月六日に商号変更した際、取締役を辞任した。

4  原告は、一九九〇年(以下、格別の表示をしない限り、一九九〇年度のことである)七月五日、被告古内に対し、後記本件売買契約の履行期限である七月一〇日までに売買代金全額を支払わないときは、原告は、被告東アジアに対する後記本件売買契約上の売買義務を免責され、かつ、同被告らの保証金支払債務が残存する旨の書面による通知を行った。しかるに、同被告らは、これに応じなかった。

二  争点

1  売買契約の成否

(一) 原告

(1) 原告は、被告東アジアとの間において、五月八日、損害賠償の予定の合意ないし買主の解除権留保の付された左記の株式等の売買契約を締結した(以下、本件売買契約という)。

① 目的物(以下、本件ホテルないし本件株式等という)

ア シドテル エスアー(フランス国株式会社、資本金二四七八万五〇〇〇フランスフラン、以下、フランという)の株式四九五七株

イ ソシエテ シビル イモビリエール マリニャン(フランス国不動産民事会社、資本金五万フラン)の出資口数五〇口

② 代金

一六億五〇〇〇万フラン(但し、右フラン法人等の一九八九年一二月三一日締めの銀行借入金及び不動産リース料残高を控除する)。

③ 被告東アジアは、原告に対し、五月三〇日までにguarantee depositとして右代金の一〇パーセントに当たる一億六五〇〇万フランを支払い、七月一〇日までに全額を支払う。

④ 右売買契約に関し、フランス大蔵省の許可(外国為替管理法)が得られたにもかかわらず、被告東アジアが、本件株式等を取得しないときは、guar-antee deposit相当額を原告が取得する(これは被告東アジアが本件売買契約のguarantee deposit一億六五〇〇万フランを放棄し、本件売買契約を解除することができる旨の買主解除権留保付の特約の趣旨と損害賠償の予定の趣旨を包含する規定であると解される)。

(2) 被告古内は、五月八日、本件売買契約に基づく被告東アジアの債務について連帯保証した。

(3) 本件売買契約に基づき、被告東アジアは、①五月三〇日までに一億六五〇〇万フランのguarantee depositを支払う義務、②売買代金を七月一〇日までに支払う義務、③フランスにおける外為法上の許認可を取得する義務等をそれぞれ負担していた。

(4) しかるに、原告の再三の請求にもかかわらず、被告東アジアは、先履行を約束していた①のguarantee depositを支払わず、かつ、③の申請手続を一切しなかった。

そこで、原告は、七月五日、被告側に対し、本件売買契約の履行期限である七月一〇日までに代金全額を支払わないときは、原告は被告東アジアに対する本件売買契約の売却義務を免責され、かつ、右被告らのguarantee deposit支払債務が残存する旨の通知を行ったが、被告東アジア及び被告古内は、同日までにこれに応じなかった。

(5) よって、原告は、被告東アジアに対し、主位的に損害賠償の予定の合意に基づき、予備的に買主解除権留保約定によるguarantee deposit支払約束に基づき、被告古内に対し連帯保証契約に基づき、それぞれ請求記載の支払請求権を有する。

(二) 被告ら

(1) 争う。

(2) 本件売買契約(甲第一号証)は、売買契約の予約にすぎず、被告東アジアに予約完結権があるオプション契約(本件ホテルの買収を検討するという趣旨の契約)である。即ち、被告東アジアと原告は、甲第一号証の書面を作成した後、被告東アジアが予約完結権を行使して売買の本契約を締結したときは、被告東アジアが正式なエスクロウ・エイジェント(受寄者)に対し、額面一億六五〇〇万フランの小切手(振出人被告古内、受取人白地、支払地パリ、支払時期一九九〇年五月三〇日、以下、本件小切手という)を預託し、受寄者がこれを取り立て、同金額を保管することになっていた。そして、被告東アジアが予約完結権を行使し、かつ、フランス国大蔵省の許可が下りたにもかかわらず、被告東アジアが債務不履行をしたときは、受寄者において右保管金を原告に交付し、本件契約を終了させることが予定されていた。そこで、同被告は、本件ホテルを調査した上、本契約を締結しようと考えていたところ、原告は、五月三〇日に本件小切手が決済されなかったことを被告らの債務不履行であるとして七月に本件ホテルをフェニックス不動産に売却したため、被告東アジアは予約完結権を行使できなかったものである。

2  フランス大蔵省の許可

(一) 被告ら

本件売買契約には七月一〇日までにフランス大蔵省の許可を取得する旨の条件があった。しかるに、右期日までに許可が取得されていないから、右契約の効力は消滅した。

(二) 原告

フランス大蔵省の許可を取得する義務は、被告東アジアが負担していた。しかるに、同被告は、右許可を取得する手続を懈怠したのであるから、フランス民法一一七八条により右条件は成就した。

3  保証契約の成否

(一) 原告

(1) 被告古内は、前同日、原告との間で、本件売買契約に基づく被告東アジアの債務について連帯保証した(以下、本件保証という)。

(2) 被告古内は、同日、原告に対し、本件保証の履行として五月三〇日付額面一億六五〇〇万フランの本件小切手一通を交付したが、その支払をしなかった。

(二) 被告古内

被告古内は、本件小切手を発行したが、フランスに被告東アジアの小切手がなかったため、同被告に代わって本件買収を真面目に検討する証拠としてミッシェル・ガデラス・ドゥ・ケルロ公認会計士(以下、カデラス公認会計士という)に預託したにすぎない。

4  法人格否認の法理

(一) 原告

被告東アジアと被告古内商店は、被告古内が主たる株主となって支配権を及ぼし、同人が統括するFCCグループと称される同族グループに所属する。両社の本店及び支店の所在地は、全く同一であり、電話番号も同様である。また、被告東アジアは、名称変更した一九九四年九月六日以前までは役員三名が共通であった。更に、法人としての設立目的も同一である。そして、同年九月に被告古内の営業を行う上で必要な営業権等が被告古内に譲渡され、直ちに被告東アジアは休眠会社となった。

右経過に照らすと、右会社の法人格は同一であるから、被告古内商店は被告東アジアと同一視できるから、被告東アジアと同一の本件売買契約に基く責任を免れない。

(二) 被告東アジア及び被告古内商店

争う。

5  詐害行為取消権

(一) 原告

東アジアは、一九九四年九月、営業権等(約一〇〇億円余りの債権担保となっていた不動産を除く)の資産を被告古内商店に譲渡し休眠会社となった。他方、被告古内商店は、右営業譲渡を受けながら、債務一七〇億円余りの支払義務は承継しなかった。そして、右営業譲渡とともに旧商号の「株式会社古内亀治郎商店」が被告東アジアに商号変更され、かつ、代表取締役も被告古内から石井洋に変更されたのである。

右によると、被告東アジアは、当時、無資力状態であったにもかかわらず、被告東アジアと被告古内商店は、債権者を害することを知りながら、右営業権の譲渡契約を締結したものであるから、原告は詐害行為取消権に基づき、予備的請求記載の判決を求める。

(二) 被告ら

争う。

第三  判断

一  事実経過等(争いのない事実、甲第一ないし第五号証、第六ないし第八、第一八、第二〇、第二二、第二五号証の各一、二、第九ないし第一四号証、第一五号証の一ないし四、第一六、第一七号証、第一九号証の一ないし四、六、九ないし一四の各一、二、同号証の五、七、八、第二三、第二四号証、原告、被告東アジア代表者兼被告古内本人の供述〔以下、被告古内の供述という〕、弁論の全趣旨)

1  原告は、一九六三年以降、シドテルの名称でホテルチェーンを創立した。原告はシドテル社の九〇パーセント相当の株式を保有し、一九九〇年当時、同社はパリを中心として一一のホテルを保有していた。この間、原告は、一九八九年以降、シドテル社の買収に関心のある企業グループと交渉してきた。殊に、原告は、一九九〇年以降、コンパニ・ゼネラル・デゾ社の子会社であるCIPから購入申込を受けたのをはじめ、同年五月の時点でも複数の第三者から購入申込を受け、売却先・売却条件について検討を加えていた。

2  被告東アジア(当時の代表取締役は被告古内、以下、被告古内というのは被告東アジア代表取締役古内亀次郎と被告古内個人を兼ねた意味で使用する)は、ベーカー・マッケンジー法律事務所(第一勧銀のパリにおける顧問法律事務所)所属のブュイソンに対し、一九八九年夏頃から、フランス国内の不動産取引について相談していたところ、一九九〇年(以下の年月日は、前記同様、格別の明示がない限り一九九〇年度の事柄である)一月頃、第一勧銀のパリ支店を介してブュイソンから、本件ホテルの買収を持ちかけられた。そこで、被告古内は、本件ホテルの買収を検討することになった。

当時、パリ在住の被告側の連絡係兼通訳として竹垣某がいたが、被告古内は、フランスの国内事情に精通しているブュイソンに対し、本件ホテルの買収交渉を依頼するとともに、自らもパリに赴いて本件ホテルに宿泊・食事する等して現地調査を行い、ブュイソンから紹介された不動産業者ボンセルの担当者ジャン・モルク(以下、モルクという)から本件ホテルについて説明を受ける等した。また、被告古内は、被告東アジアの従業員長原にも右同様の現地調査を実施させた。その結果、本件ホテルが十数個の建物から構成されていること、客の収容力は十分ではないが、パリ市内の高級地に所在していること、買収金額は四〇〇億円から五〇〇億円程度に達すること等が明らかになった。これに対し、原告は、二月にモルクから、シドテル社の取得に関心を持っている日本企業がある旨の連絡を受けたことから、二月二三日、ボンセルを通じてブュイソンに対し、本件ホテルの貸借対照表〔バランスシート〕、賃貸借契約書等の資料を引き渡した(甲第一九号証の一、二の各一、二)。他方、第一勧銀パリ支店もボンセルから、本件ホテルの一件記録(ホテルの概要、売上や利益を記載した資料、一九八九年度の貸借対照表、価格等)を受領し、東京本店を介して被告古内に交付した(甲第一九号証の一、三、四、六の各一、二)。

(なお、被告古内は、貸借対照表等の交付を受けていない旨供述する。しかし、仮に右交付がなければ、被告古内は、原告側に対し、少なくとも甲第一号証に署名する前後に、その交付を要求するのが通常の事態の推移であるのに、被告古内は書簡〔甲第一〇号証、第一九号証の一三の一、二〕においても、原告側に右関係資料の交付を要求していないことに照らすと、右供述部分は不自然であり直ちに措信できない)。

3  ブュイソンは、被告東アジアの代理人として、二月頃から、原告の代理人的立場で活動していたモルクと連絡をとり、三月末頃以降、原告の経理担当者カデラス公認会計士との間で、再三、本件株式等の売買契約の内容や条件について直接交渉を行い、代金を一六億五〇〇〇万フランとすることで一応合意した。そこで、ブュイソンは、被告古内に対し、右金額を伝え、五月八日に原告の宿泊予定のブリストルホテルにおいて、原告側と直接交渉してほしい旨を連絡したところ、被告もこれに応じることになった。

しかし、被告古内は、右金額に納得が行かず、五月七日、「ブュイソン弁護士気付」シドテル社社長原告宛の書面で、①モルクとブュイソンとの協議内容につき、一九八九年度の計数(売上、平均的部屋代、使用されている部屋の率)をベースとし、かつ、本件ホテルの会計監査を前提として、一六億万フランから負債(リース代を含む)を控除した金額で購入申込できることを確認させてほしいこと、②原告がスタンダードな保証するものと理解していること、③右事項について更に協議すべく、五月八日夕刻、原告と会うことを楽しみにしていることを通知した(甲第一九号証の六の一、二)ことから、希望する代金額に明確な相違があることが明らかになった。

他方、モルクは、第一勧銀に対し、被告古内個人及び被告東アジアを含むグループ企業の資金力を照会していたところ、五月七日、「被告古内が、第一勧銀の長年の客であり、種々の会社名義で数個の銀行口座を持っていて、フランスで取引する能力がある」旨の書面(甲第一一号証)を入手した。原告は、モルクから、右調査結果を知らされ、被告東アジアが信用のある日本企業であると判断し、売却を真剣に検討することにしたところ、同日、原告の事務所において、ブュイソンから本件売買契約書の案を手渡された。

結局、原告は、同日まで、買主が被告東アジアであることを知らず、ブュイソンを第一勧銀の代理人であるとの理解の下で、第一勧銀が紹介する日本企業に対し、本件株式等を売却するものと考えていた(フランスでは、本件のように厖大な金額に及ぶホテルの取引の際には、銀行が契約の細部を取りまとめ、その後、売買の当事者が正式に契約するというのが通例であり、原告は、本件ホテルの売買についても第一勧銀を通していると考えていたことから、契約日直前まで売却先が不明であることに格別疑問を挟まなかった)。原告はブュイソンから被告古内の代金減額の要望に関し説明を受けたが、代金一六億五〇〇〇万フランでなければ契約する意思はない旨を明言した。

4  右経過を辿り、被告古内は五月八日、パリ到着の飛行機で現地に赴いた。被告古内はドゴール空港に到着するや宿泊先のブリストルホテルに直行し、三時間程の休息をとった後、午後七時頃、食事に出ようとしたところ、原告とブュイソンが、竹垣とともに被告古内を右ホテルに訪ねた。そこで、原告側からは原告とカデラス公認会計士、被告東アジア側からは被告古内、ブュイソン、竹垣が出席し、ブリストルホテルのバルコニーで本件株式等の売買について協議し、ブュイソンは自己が用意していた左記の売買契約書(以下、本件売買契約書という。甲第一号証)を提出した。

(1) 被告東アジアは、原告から本件株式等を総額一六億五〇〇〇万フランから、一九八九年一二月三一日締めの銀行借入金及び不動産リース料残高を控除した金額で購入することに同意する。本件株式等は全て原告グループ内の一九八九年一二月末日締めの貸借対照表に照らして売却されるものとする。

右価格には、クロージング(取引の実行)後、可及的速やかに原告が簿価で購入することになっているリュドシアム一四番所在の不動産は含まれないものとする。当該不動産の購入代価は右価格に加算されるものとする。

原告は、クロージング次第、その日以前の前記各社につき、生じうべき責任及び債務をカバーする保証を供与しなければならない。但し、一〇〇万フランを保証免責額とする。

(2) 本件売買契約はフランス国の大蔵省の認可を前提とする。

(3) 被告古内は、五月三〇日までに承認されたescrow agent(エスクロウ・エイジェント)に一億六五〇〇万フランのguarantee depositを支払うことに同意する(escrowとは、契約の定める条件が成就するまで証書類を保管し、条件成就時に譲受人ないし債権者に交付せよとの指示の下に第三者escrow agentに証書類を引き渡す仕組みのことである)

(4) 大蔵省の認可が得られたにもかかわらず、被告古内が前記の本件株式等を取得しないときは、右金員は原告が取得する。

5  被告古内は、相当程度の英語力があったことから、本件売買契約書の概要を理解するとともに、竹垣(通訳担当)、ブュイソンからも本件売買契約の内容について改めて説明を受けた。そして、被告古内は、原告に対し、本件株式等の代金を一六億ドルに減額するよう求めたが拒否され、結局、代金は原告の要求どおり一六億五〇〇〇万フランのままとなった。

他方、原告は、被告側が要求どおりの金額で本件株式等を購入することを承諾したことから、被告東アジアに売却することにしたが、当時、前記1のとおり、被告東アジア以外からも本件株式等の買収交渉を受けていたことから、本件株式等を被告東アジアに売却する旨を右関係者に説明しておく必要があると判断し、被告古内に対し、本件株式等を被告東アジアに売却する予定であるが、最終的に売却するかどうかの選択権を、一応留保させてほしい旨を申し入れたところ、被告古内もこれを了解した。そこで、原告の要求に基づき、本件売買契約書中に「optionが行使された場合、本取引は七月一〇日までに実行する」との条項が付記された(optionの意義は多義的であるが、右条項が挿入された経過に照らすと、「一定期間、目的物を一定の価格で売却できる原告の権利」と解される)。

6  以上のとおり、本件売買契約の内容については漸く合意されたものの、被告古内は、署名の段階に至るや「今日は契約書に署名できない」として慎重な態度を示した。しかし、原告は、あくまでも当日の署名を要求したことから、被告古内は、やむを得ず、本件売買契約書に署名した。

その際、被告古内は、guarantee depositを小切手で支払うことにしたが、被告東アジアの小切手用紙を持参していなかったことから、被告古内個人の小切手用紙を使用して右額面の小切手(受取人白地)を振り出し、原告の同行したカデラス公認会計士に本件小切手を交付した(甲第七号証の一、二。後日、原告と被告古内側は、本件小切手のエスクロウ・エイジェントをロスチャイルド銀行〔甲第一号証中のapproved escrow agentとは「認可されたエスクロウ・エイジェント」の意味であり、同銀行はまさにその適格性を有していたと認められる〕にする旨を口頭で合意し、被告側において五月三〇日までに同銀行に入金し、同銀行が受寄者として七月一〇日の本件売買代金の支払時期まで保管することになった)。

本件売買契約書に調印後、被告古内は、原告を前記ホテルの晩餐会に招待し、和やかな雰囲気で過ごした。

7  その後、原告は、前記選択権の趣旨に従い、速やかに関係者に対し、本件株式等を被告東アジアに売却することを決定した旨を通知した上、被告古内に対し、五月八日付で「本件売買契約書所定の条件で被告東アジアないしその指定する者に本件株式等を売却する旨を確認する」旨の書簡(甲第一〇号証)を送付し、同書簡は五月中旬頃、被告古内のもとに届いた(右書簡は五月八日付ではあるが、原告と被告古内らは、前記のとおり、同日午後七時頃から本件売買契約締結のための直接交渉を行い、その後、会食していることに照らすと、原告が前記関係者に「本件ホテルを被告東アジアに売却する」旨を説明したのは翌九日以降であり、単に日付を売買契約締結日に遡及させたものと推認される)。ところが、被告古内は、原告に対し、「本件ホテルの買収に関し、当該契約が発効しないことがあっても、原告の法的地位は五月八日付本件売買契約に基づくものと変更がない旨合意していることを確認する」旨の六月七日付書面を送付し(甲第一九号証の一三の一、二)、「古内亀次郎商店は、現在、原告に送付した右六月七日付書簡案に基づき、シドテルグループ取得の可能性について更に交渉することを希望している」旨の六月二二日付書面を交付した(甲第一九号証の一二の一、二)。

これに対し、原告は、被告側に対し、五月三〇日付催告書や六月二二日付受領証明付書留郵便により、本件売買契約を遵守するよう求め、七月七日被告東アジア到達の書面(甲第一五号証の一、二、第一九号証の一四の一、二)で、①本件合意に基づき一億六五〇〇万フランを支払うこと、②遅くとも七月一〇日までに買主の義務を履行すべきこと、③そのため、シドテル本店所在地に遅くとも同日までには出頭すべきこと、④本件売買契約中の本件株式等取得についてフランス国大蔵省の許認可を得たことを立証すべきこと、⑤本件株式等を取得し、所定の金員を支払うべきこと、⑥右を履行しない場合には、原告は、被告東アジアに対する売却義務が免除されたものとみなし、五月八日付本件売買契約に基づき、原告に帰属する権利を一切の措置を用いて主張し、一億六五〇〇万フランの支払を訴求することになること等を通知した(甲第一五号証の一ないし四、第一九号証の一四の二)。しかし、被告側は、右大蔵省に対する許可申請手続をせず、本件売買契約に基く義務を履行しようともしなかった。

右経過を辿り、原告は、七月末頃、被告古内が買主としての本件売買契約に基づく義務(エスクロウ・エイジェントに一億六五〇〇万フランのguar-antee depositを提供せず、フランス大蔵省の許可手続をとっていない)を履行しようとしないことから、被告古内が既に本件株式等を取得する意思を喪失し、本件売買契約の買主の解除権に基づき本件売買契約を解除したものと考え、本件売買契約締結の前に交渉していた前記コンパニ・ゼネラル・デゾ社に対し、シドテル社を約一四億フランで売却した。

8  なお、原告と被告古内は、前記のとおり本件売買契約を締結後、エスクロウ・エイジェントをロスチャイルド銀行とする旨を合意していたにもかかわらず、被告古内が本件小切手を同銀行に寄託する旨の合意書に署名することを拒否したことから、カデラス公認会計士は本件小切手の処理に窮した。そこで、原告は、パリ地方裁判所に対し、受寄者選定の緊急命令を申請したところ、同裁判所は、一九九一年四月一〇日、パリ弁護士会の会長を本件小切手の受寄者として選任し、カデラス公認会計士に対し、本件小切手をパリ弁護士会会長に引き渡すべきこと、同会長は受寄者として本件小切手に氏名を記載し、支払呈示しなければならないこと、当該受寄者は本件小切手金の保管者になること等を内容とする緊急命令を発した。そこで、パリ弁護士会会長は、カデラス公認会計士から本件小切手の引き渡しを受け、所定の時期に支払呈示したところ、小切手資金がないことを理由として支払拒絶を受けた。

二  検討(争いのない事実、事実経過等を前提)

1  準拠法

本件は、原告がフランス国籍、被告らが日本国籍を有する当事者間の売買契約、連帯保証契約、法人格否認の法理、詐害行為取消権等が争点となっている事案であるから、準拠法をどのように解するかが問題となるところ、前記事実経過等、甲第一号証、弁論の全趣旨によると、①本件売買契約の当事者である原告はフランス国籍、被告東アジアが日本国籍を有するが、フランス国内で契約が締結されていること、②本件売買契約の対象になった本件ホテルはフランス国内に存在し、かつ、フランス法を準拠法として設立されたものであること、③本件売買契約書の作成はフランス国内において原告の代理人であるフランス人ブュイソンによって起案されていること、④代金もフランで決定されていること、④フランス大蔵省の許可を取引の条件としていること、⑤フランス国内においては、英米法のエスクロウ・エイジェントに相当する受寄者にguarantee depositを預託する制度が利用されているところ、本件売買契約も同制度を利用することになっていたこと等に照らすと、原告と被告束アジアとの間では、フランス法を準拠法とする黙示の意思があったものと認めるのが相当である(法例七条一項)。そこで、以下、フランス法を前提として検討を加える。

2  契約の成否及び約定解除権

(一) 甲第一号証の売買契約の成否

前記事実経過等、殊に、①被告古内は、被告東アジアのために、ブュイソンに対し、本件ホテルの買収交渉を委任し、これを受けてブュイソンは原告側と売買契約の条件等を詰めていたこと、②本件売買契約書は、右委任を受けたブュイソンが起案したものであり、表題も「売買契約」である旨が明記されていたこと、③被告古内は、ブュイソン及び竹垣から、本件売買契約書の内容や原告側の主張について説明を受けたこと、④被告古内は自らも相当の英語力があること(甲第一六号証、被告古内の供述、弁論の全趣旨によると、被告古内は、ストックホルム大学を卒業し海外生活も長い上、輸入業務をLC〔letter of credit信用状〕ベースで行っている関係で英語を日頃から使用しているのであるから、国際公用語とも言うべき英語に習熟していたと見るのが自然である。甲第一九号証の六の二によると、被告古内は原告側に対し英文で起案した書面を送付している)等に照らすと、被告古内は、甲第一号証の英文の売買契約書の内容を理解した上でこれを署名したというべきであるから、原告と被告東アジアとの間で本件売買契約(フランス民法一五八二条)が成立したものと解するのが相当である(仮に、被告古内が内容を理解していなかったとの認定判断に至ったとしても、被告側はブュイソンに対し、本件ホテルの買収に関する交渉を委任したのであり、ブュイソンは被告側の代理人として契約の交渉に当ったのであるから、被告古内は被告東アジアの代表取締役としてその不知を原告側に主張できない)。

なお、本件売買契約に先立ち、被告古内は、原告に対し、「会計監査を前提として本件ホテルを購入したい」旨のファックス〔甲第一九号証の六の一、二〕送信をしたことは認められるが、他方、本件売買契約書中には「一九八九年一二月三一日締めの貸借対照表に照らし売却する」旨が明記されており、原告側としても既に被告側に送付済みの貸借対照表に基づいて売却するとの認識であって、それ以上の会計監査に応じる意思はなく、却って直ちに本件売買契約書に署名するよう要求したことから、被告古内は、やむを得ず、新たな資料の提出等を含む会計監査を断念して本件売買契約書に署名したものと推認される。

(二) 本件売買契約の約定解除権

(1) 前記事実経過等、甲第一号証、原告及び被告古内の供述によると、本件売買契約書には、「売買契約」の表題の下に、被告東アジアは原告から、本件株式等を一六億五〇〇〇万フランで買い受け、被告古内は五月三〇日までに承認されたエスクロウ・エイジェントに一億六五〇〇万フランのguaran-tee depositを支払う、仮に被告東アジアが本件株式等を取得しないときには、原告が右金員を取得する旨が記載されていることが認められる。

右契約書の文言を合理的に解釈すると、買主の被告東アジアは、本件売買契約を解除せずに本件株式を取得するか又はこれを解除して本件株式を取得しないかの選択権を有するのであり、後者は約定解除権(留保解除権)の行使を意味し、その要件としては売主たる原告に対するguarantee depositの支払が必要であると解するのが相当である(guarantee depositは、契約自由の原則〔フランス民法一一三四条〕に基づき、買主が約定解除権を有する間、売主が取引を凍結され、他に有利な条件で処分できないことによって被る損害を補填する機能を有するものであり、手付〔同法一五九〇条〕と異なり要物性を必ずしも要件としない)。

このことは、甲第一号証、第一八号証の一、二、第一九号証の一、二によると、フランスではホテルの買収の際、購入意思を明確にするため、代金の一〇パーセント相当額の取引凍結損害補填金(英語では甲第一号証中の「guar-antee depositに相当する)を買主から売主又は両当事者が選任した第三者に支払い、仮に買主が契約を放棄(解除)した場合には、売主は実際の損害の有無に関係なく、右金員を取得できるという取引形態がしばしば採用されていることからも首肯することができる。

(2) ところで、被告古内は、本件売買契約の際、本件小切手を振り出しているが、その趣旨は、当時の被告東アジアの代表取締役として、guarantee depositの支払のために振り出したものと解されるが、その寄託先となるエスクロウ・エイジェントと原告ないし被告東アジアの関係は委任ないし準委任(同法一九八四条)の関係にあるから、右金員をエスクロウ・エイジェントに寄託するには、当事者双方がその指名について合意していることが必要となる。しかるに、被告古内は、原告との間で、ロスチャイルド銀行をエスクロウ・エイジェントとして指名する旨の口頭の約束をしておきながら、その合意書の署名を拒否し、同銀行に対するguarantee depositの支払をしなかった上、原告の書面による再三の催告にもかかわらず、本件小切手の決済資金を用意せず、フランス大蔵省に対しても本件株式等の取得の許可申請手続をしなかったことが明らかである。そうすると、被告東アジアは、遅くとも本件売買契約の実行期限である七月一〇日までに本件売買契約の約定解除権を明示ないし黙示的に行使したものと認めるのが相当である。

しかして、原告は、被告東アジアがエスクロウ・エイジェントに右金員を支払っていれば、当然これを取得できるが、本件のように被告古内が右支払をしない状況の下では、原告は、直接自己に対する支払を求めることができるというべきである。けだし、エスクロウ・エイジェントは、不動産取引等の際、その正確を期するために、最終的に売主が取得するguarantee depositを信用できる第三者が預かり、契約が確実に履行されるようにする点に制度趣旨があるのであり、被告東アジアの解除権の行使により、原告がguarantee depositの支払を請求しうる状況になったにもかかわらず、依然、被告東アジア及びその支払のために本件小切手を降り出した被告古内がエスクロウ・エイジェントにguaran-tee depositを支払わない状況の下では、原告が被告東アジアに対し、直接、guarantee depositの支払を請求できると見るのが当事者の合理的な意思解釈に合致するからである。

このことは、仮に、買主がエスクロウ・エイジェントにguarantee depositを支払わない限り、売主が同金員の支払を請求できないとすると、正確を期するためにエスクロウ・エイジェントの制度を選択した結果、却って売主の地位が不利となり、逆に買主にguar-antee depositを支払うことなく、本件売買契約を解除できるという不合理な事態を生じることからも首肯することができる。

よって、原告は、被告東アジアに対し、同被告が留保していた解除権を行使したことを理由として、本件売買契約中のguarantee deposit支払約束に基づき、一億六五〇〇万フランの内金である一億八一五〇万円(後者が前者の内金であることはフランと円の為替レートに照らして自明である)及びこれに対する訴状送達後であることが記録上明らかな一九九五年七月三〇日からの遅延損害金の支払(フランス民法一一五三条)を求めることができる。そして、甲第三八ないし第四二号証の各一、二によると、フランス法では各年度の法定利率は各年度ごとの政令により決定されるのであり、一九九四年度が年8.40パーセント、一九九五年度が5.82パーセント、一九九六年度が6.65パーセント、一九九七年度が3.87パーセント、一九九八年度が3.36パーセントであることが認められるから、原告の被告東アジアに対する遅延損害金の請求は、一億八一五〇万円に対する一九九四年七月三〇日から同年一二月三一日まで年六パーセント、一九九五年一月一日から同年一二月三一日まで年5.82パーセント、一九九六年一月一日から同年一二月三一日まで年六パーセント、一九九七年一月一日から同年一二月三一日まで年3.87パーセント、一九九八年一月一日から同年三月一六日まで年3.3パーセントの各割合による限度で理由がある。

(三) 被告らの主張の検討

(1) 本件売買契約書には、「選択権を行使した場合には、本件取引は七月一〇日までに実行される」旨が附記されたことを重視し、売買契約の予約を締結したにすぎない旨を主張する。

しかし、①被告ら主張の予約にすぎないのであれば本件売買契約書中にその旨が明記されるはずであるが「予約」の文言はないこと、②予約にすぎない段階で一億六五〇〇万フランものguarantee depositを支払うというのはいかにも不合理であること、③option(選択権)が付記されたのは原告側の要求に基づくものであり、その趣旨も前記認定のとおりであり、現に、原告は、本件売買契約を締結後、関係者に本件株式等を被告東アジアに売却する旨を通知した後、直ちに被告東アジアに対し、国際郵便で原告に売却する旨を通知し(甲第一〇号証、五月八日付書面であるが、原告に五月中旬頃到達したものと推認される)、選択権を行使していることに照らすと、選択権の意味を「売買の予約」であるとする被告らの主張は採用できない(被告東アジアに選択権があるとすると、その内容は「本件売買契約を解除するか否か」の選択権の趣旨といわざるを得ない)。

(2) 被告側は、甲第一号証の書面を買付証明書のようなものであると考えていた旨主張し、被告古内もこれに副う供述をしている。しかし、買付証明書であれば買主側の被告古内が署名すれば足りるにもかかわらず、売主の原告も甲第一号証に署名していること、右書面の表題及び記載内容に照らしても単なる買付証明書と見るのは相当ではないこと、殊に甲第一号証中には、被告東アジアが本件株式等を取得しなかった場合には、原告において被告側でエスクロウ・エイジェントに支払う一億六五〇〇万フランもの大金を原告側で取得する旨の記載があるが、買付証明書にすぎないとすると、右大金を被告側で支払うというのは不自然であること等に照らすと、右主張も採用できない。

3  フランス大蔵省に対する許可

被告らは、原告主張の売買については、七月一〇日までにフランス大蔵省の許可を取得することが条件となっていたところ、右期日までに許可が取得されていないから、右売買の効力は消滅した旨主張する。

甲第八、第二六号証の各一、二によると、フランス法は、外国からの対仏投資については、大蔵省の許可を得る必要がある旨を規定しているところ、当該許可を得るには、投資家は同人についての情報(会社の場合であれば、概要、資本金、株主等)を記載し、投資の動機、内容についての情報を記載した事前の届出が必要であること、大蔵省が一か月以内に取引の実行に異議を述べない場合には許可したものとみなされることになっていること、実際の運用としては、当該取引が国家の安全、公共の秩序、公衆衛生、公衆の安全に抵触するような格別の事情のない限り、異議が述べられることはなく、既存の会社の持分の取得については、許認可は短時間で下り、ほぼ例外なく付与されていたことが認められる。

ところで、本件売買契約によると、被告東アジアが本件株式等を取得するには、フランス大蔵省の許可を得ることが要件とされているから、買主の被告東アジアは、本件株式等を取得する場合には、大蔵省の許可が得られるように手続を履践すべき義務がある。しかし、同被告は、本件株式等を取得しないとの選択をして本件売買契約を解除したのであり、そもそも大蔵省に対する届出義務もないというべきであるから、大蔵省の許可がないことを理由として本件売買契約の効力を否定する被告らの主張は理由がない(仮に、右について異なる認定判断に立ち、フランス大蔵省の許可が要件であるとしても、当該許可を取得する義務は買主の被告東アジアが負担すべき義務であり、同被告は、右許可を取得する手続を懈怠したのであるから、フランス民法一一七八条により右条件は成就したものというべきである)。

4  保証契約の成否(被告古内関係)

原告は、被告古内は、本件売買契約に基づく被告東アジアの債務について本件保証(フランス民法二〇一一条以下)を行った旨主張する。

確かに、被告古内は、同日、原告に対し、本件保証の履行として五月三〇日付額面一億六五〇〇万フランの小切手一通を交付したことは認められるが、小切手を振り出した場合、小切手上の債務を負担する以上に、小切手振出の原因となった原因関係までも保証する意思があったかどうかについては、当事者の意思解釈の問題である。

甲第一号証の契約書中には、被告東アジアが当事者として形式上は記載されておらず、専ら「被告古内」が当事者として記載されていること、本件売買契約書の署名も被告「古内」と個人名で行っていること等は認められるが、右記載は、実際には被告東アジアの代表取締役としての署名であり、本件株式等を取得する主体が被告東アジアであることは原告と被告側との当然の前提であったこと、甲第一八号証、被告古内の供述、弁論の全趣旨によると、被告古内は、被告東アジアが本件株式等の買主であるとの前提で本件売買契約を締結し、その際、被告古内は、guarantee depositの支払のために被告東アジアの小切手を発行することになったが、当日、被告東アジアの小切手帳を所持しておらず、被告古内個人の小切手帳を所持していたことから、急遽、被告古内個人名義で本件小切手を振り出したこと、何人も他人の債務を保証するに際しては、格別の事情のない限り、その保証によって生じる自己の責任をできるだけ狭い範囲に止めようとするのが通常の意思であるところ、右格別の事情を認めるに足りる証拠はないこと等に照らすと、被告古内には、本件小切手以上に本件売買契約に基づく原因関係についてまでの保証意思はなかったものと解するのが相当である。

よって、原告の被告古内個人に対する請求は理由がない。

5  法人格否認の法理(被告古内商店関係)

前提事実、甲第二ないし第五号証、第一六号証、被告古内の供述及び弁論の全趣旨によると、①被告古内商店(一九八七年三月設立)は一九九二年一二月一四日にビッグ・バン・インターナショナル株式会社に、被告東アジアは一九九三年九月六日に株式会社古内亀次郎商店(一九七八年六月設立)に各商号変更したものであり、株式会社古内亀次郎商店と古内亀次郎商店株式会社とは、「株式会社」が「古内亀次郎商店」の前か後かが異なるだけの極めて類似した商号であること、②両社の法人としての設立目的もほぼ同一であること、③両社の本店所在地は、一九九〇年当時、同一場所(東京都新宿西新宿四丁目三九番二八号)にあり、従業員及び什器備品類の大半は共通であったと推認される上、現在も支店(イギリスとカナダ)の所在場所は全く同一であること、④被告古内は、両社の設立以降、一九九四年九月六日まで両社の代表取締役を兼務していたものであり、以後も被告古内商店の代表取締役であること、⑤一九九四年九月六日まで尾高雅子は被告東アジアの取締役〔秘書室長兼務〕兼被告古内商店の監査役(現在も被告古内商店の監査役)であり、古内亀義も両社の取締役を兼務していたこと(両社とも代表取締役以下の取締役五名、監査役二名ずつが就任していたのであるから、ほぼ半数が共通であったことになる)、⑥被告東アジアと被告古内商店は「FCCグループ(約一〇社で構成されており、通称「古内商業会社」ともいう)と称する同族グループに所属しており、被告古内は、同族会社の社主として実質的に右グループの支配権を有していること、⑦被告古内は、⑥の事実と被告東アジアの発行済み株式の総数の少なくとも一七パーセント以上、被告古内商店(株主は平成八年現在八名)の全株式を各保有していることと相俟って、両社の実質的支配権を有していること、⑧被告東アジアは、一九九三年九月当時、株式会社古内亀次郎商店の商号を使用し、本件売買契約に基づく債務以外に約一五〇億円の負債を抱えていたが、遅くとも同年九月六日までに被告古内商店に営業権の一切を譲渡し、同日、前記のとおり被告東アジアに商号変更した上、被告古内ら役員が全員辞職、新たな役員が就任したが、直ちに休眠会社となり現在に至ったのに対し、被告古内商店は、株式会社古内亀次郎商店(被告東アジア)の営業を継承して現在に至っていること等の事実が認められ、前掲証拠中、右認定に抵触する部分は採用しない。

右認定の事実によると、株式会社古内亀次郎商店(被告東アジア)は、厖大な債務を負担していたところ、その商号変更とほぼ同時に休眠会社となり、商号、本店の所在地、営業目的、代表取締役、取締役・監査役、支店、従業員等を共通ないしほぼ共通にする被告古内商店が営業を継続しているものであり、両社とも被告古内が社主を務めるFCCグループ傘下に属し、現に被告古内は、被告古内商店の全株式、被告東アジアの一七パーセント以上の株式を保有し、両会社の背後にあってこれらを意のままに支配しているから、両会社を実質的に同一視できると認めるのが相当である。

よって、本件事実関係の下においては、法人格否認の法理に基づき、被告古内商店は、被告東アジアと形式的に別個の法人格であることを理由として原告の本件売買契約に基づく請求を拒むことはできないから、原告の被告古内商店に対する請求は理由がある(右法理は信義則ないし権利の濫用の一般条項により認められるものであり、同様の一般条項を有するフランス私法下においても当然認められる)。

第四  結論

以上の次第であるから、原告の被告東アジア及び被告古内商店に対する本件請求(主位的請求)はいずれも理由があるが、被告古内に対する請求は理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判官市村弘)

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